2015年07月31日

保育園の夏祭り

夏はイベントが盛りだくさん。
今夜は保育園の夏祭りでした。
posted by 巌志 at 20:05| 新潟 ☁| Comment(0) | 子供 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雲洞庵

新潟県南魚沼市の雲洞庵にて頂きました。

以下はウィキペディアより。
雲洞庵(うんとうあん)は、新潟県南魚沼市にある曹洞宗の寺院である。山号は「金城山」。本尊は釈迦牟尼仏。「雲洞院」(『鎌倉大草紙』)とも。
南魚沼郡一帯にあたる上田庄に位置する。当寺の縁起や『日本洞上聯燈録』によれば、藤原房前の母である藤原先妣尼が庵を結び開祖とする伝承を持つ。また、養老元年(701年)房前が母の菩提を弔うため、尼寺を創建した。室町時代に至り直江津を本拠としていた関東管領の上杉憲実が永享元年(1430年)、寺伝によれば応永27年(1420年)に、越後ではじめての曹洞宗寺院である耕雲寺住職である傑堂能勝の法嗣の顕窓慶字を招き、禅寺として再興したという。上田庄は山内上杉氏との関わりを持ち、山内上杉氏を継いだ憲実は雲洞庵再興を企図していた叔父にあたる上杉憲定の意思を継いで再興を行ったという。憲実は文安4年(1447年)に政治から退くと、雲洞庵に隠棲している。のち直末27寺を有する越後有数の大寺院に発展し、耕雲寺(村上市)、種月寺(新潟市)、慈光寺(五泉市)と共に、越後四箇之道場と称された。
赤門からの参道の下には法華経の一石一字が書かれた石が埋められており古来より「雲洞庵の土踏んだか、関興寺の味噌嘗めたか」といわれ、参道を踏みしめて参詣することで御利益があるとされた。
また、戦国時代には越後国主となる上杉景勝やその家臣である直江兼続が幼少期に北高全祝(第10世住職)や通天存達(第13世住職・長尾政景兄)らより勉学を学んだ寺とされる。

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posted by 巌志 at 18:20| 新潟 ☔| Comment(0) | 御朱印 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

関興寺

新潟県南魚沼市の関興寺にて頂きました。

以下、ウィキペディアより。
関興寺(かんこうじ)は、新潟県南魚沼市にある臨済宗円覚寺派の寺院である。本尊は釈迦牟尼仏。
応永17年(1410年)上杉憲顕の子、覚翁祖伝の開基。最初は、関興庵と称する。上田長尾氏や上杉氏の庇護を受け栄える。しかし、永正9年(1512年)に兵火に遭い伽藍焼失、翌年再建するも天正5年(1578年)御館の乱により焼失。天正14年(1586年)上杉景勝により再建されるが、再び文禄3年(1594年)火災となり、以来寺は衰退し、慶長5年(1600年)上杉景勝が出羽国米沢に移封されると同地に移った。寛永6年(1629年)、またも火災に見舞われ、寺は衰退の一途をたどる。寛文年間、現在の地に移り、関興寺と改める。
「雲洞庵の土踏んだか、関興寺の味噌舐めたか」といわれた。御館の乱の折り、住職雨天是鑑は、上杉氏寄進の大般若経600巻を味噌桶の中に埋めるよう修行僧に指示し、戦火から経文を守った。よって、「味噌舐めたか」の言葉が生まれた。

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posted by 巌志 at 18:10| 新潟 ☔| Comment(0) | 御朱印 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

瑞祥庵

新潟県湯沢町の瑞祥庵にて頂きました。

以下はHPより。
「曹洞宗のお寺、瑞祥庵には一対の仁王像が安置されています。 
 作者は、幕末から明治初年に越後で才腕を振るった石川雲蝶です。雲蝶は、文化11(1814)年、江戸雑司ヶ谷(現:東京都豊島区)に生まれ、本名は石川安兵衛といいました。30代前半に、「良い酒とノミを終生与える」という条件で、越後入りし、多くの作品を残しました。
 無類の酒好きで、女性も大好き。賭けに負けて仕事を引き受けたりするなど破天荒な人柄でしたが、ノミを握れば神業的な作品を手掛けたといいます。
 雲蝶の作品は、重厚感と迫力、かと思えばモチーフをやさしく表現する繊細さと鮮やかな彩色。その美しさに魅せられ、思わず作品の前に立ち止まってしまう。
 雲蝶は「日本のミケランジェロ」とも称され、作品は木彫りにとどまらず、石の彫刻や襖絵や漆喰、障子など、どれをとってもダイナミックな世界観が表現されており、150年を経てなお人々を魅了している。」

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posted by 巌志 at 18:00| 新潟 ☔| Comment(0) | 御朱印 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月28日

龍谷寺

新潟県南魚沼市の龍谷寺にて頂きました

以下はHPより
「インドグプタ王朝様式の慈雲観音堂と開運十一面観音。曹洞宗獄林寺の末寺。 本堂は代表的禅建築、慈雲閣観音堂はインドグプタ王朝様式で昭和40年に完成。堂内に安置されている十一面観音菩薩、本道の廊下にある欄間は石川雲蝶・小林源太郎の彫刻があしらわれている。」

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posted by 巌志 at 18:20| 新潟 ☁| Comment(0) | 御朱印 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする